上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

又、四国のコミュニティ放送局が廃局になりました。
とても残念です。総務省 四国総合通信局より発表されていました。
廃止の放送局は『エフエム・セト』さんです。

平成20年4月14日 四国総合通信局発表

香川県丸亀市内のコミュニティ放送局の廃止
四国総合通信局(局長: 一郎(たかさき いちろう))は、平成20年4月3日付けで、エフエム・セト株式会社(社長:亀井 慎一(かめい しんいち))から電波法第22条の規定に基づき提出された同社所属の無線局(コミュニティ放送局)の廃止届を受理しました。

同社は、平成8年12年19日にコミュニティ放送局の免許を受け、同年12月26日から放送をおこなっていましたが、平成20年4月13日(日曜日)をもって廃止いたしました。

【廃止する放送局の概要】
無線局の種別 超短波放送局(コミュニティ放送局)
免許人名 エフエム・セト株式会社
放送局の名称 エフエムセト(JOZZ9AD-FM)
電波の型式、周波数
及び空中線電力 F8E 77.4メガヘルツ 10ワット
放送区域 香川県丸亀市の一部(世帯数28,718)

エフエム・セトとは香川県丸亀市にあったコミュニティ放送である。
エフエムサンの子会社状態がしばらく続き、スポンサーの支援がなくなり経営不振に陥ったため2008年4月13日21時で停波し全放送が終了した。会社は清算される予定。

土器川のほとりに社屋があるが外観から倉庫状態であるため社屋である事が疑われることもあった。

放送終了前の2008年4月11日21時より、「FMセトお別れ生放送」という番組が放送され、歴代ナビゲータや懐かしCM、当時の裏話など最後でないと聞けない話が聞けた。1時間の予定が約2時間10分に延長され、コミュニティ放送らしさを最後まで貫いた放送局であった。

今までに廃止になったコミュニティFM局
1.イセハラエフエム放送
イセハラエフエム放送株式会社(いせはらエフエムほうそうかぶしきがいしゃ)
は、神奈川県伊勢原市を中心に放送を行っていたコミュニティ放送である。通称はプリズムステーションもしくはiFM857。番組制作のコンセプトは「わが街の放送は、自らの手で創り送り出す。」

2004年夏~秋口にかけては、地元商工会主催による「大納涼まつり」や伊勢原市の大イベントである「伊勢原観光道灌まつり」において公開生放送を行うなど、積極的にイベント放送を行っていたが、2005年4月の改編から生放送が激減し、局自体もホームページやメール機能が一時全く使えない状況が発生した。

2006年3月31日を以って総務省関東総合通信局に放送局免許を返上、廃局となった。(放送業務停止を動議する臨時株主総会の案内状には、その原因として、営業の要職に就いていた一部の社員が退職したことによりコマーシャル契約の解約が相次いだ事が挙げられている。)

停波を知らせる告知CMは放送されたが特別な番組編成などは何もなく、放送最終日の23時59分頃に社長が「以上をもちまして、イセハラエフエムすべての放送を終了します。長い間ありがとうございました」と2回アナウンスした後、クロージングのコールサインも無く0:00であっさりと停波されたという。

廃局に伴い、法人としてのイセハラエフエム放送自体も9月末を目処に解散される予定。

イセハラエフエム放送の放送局概要
愛称 プリズムステーション
コールサイン JOZZ3BC-FM
周波数/送信出力 85.7MHz/10W
所在地 〒259-1145
神奈川県伊勢原市板戸343番地の5
設立日 2000年8月4日
開局日 2001年1月28日
演奏所 本社に同じ
送信所 伊勢原市板戸343番地の5
中継局 なし
可聴範囲 伊勢原市全域(一部を除く)その他近隣地区
公式サイト

2.五日市コミュニティ放送
五日市コミュニティ放送(-コミュニティほうそう)
は、かつて広島市佐伯区を主な放送区域としていたコミュニティ放送局である。愛称は「FMななみ」(周波数の77.3MHzにちなむ)。

自社制作番組とミュージックバードの番組で構成され、毎日5:00を起点に24時間放送を行っていたが、開局当時からスポンサー獲得や広告収入で苦戦を強いられ、2007年12月1日から放送を休止、2008年3月31日付で廃止となった。

五日市コミュニティ放送の放送局概要
愛称 FMななみ
コールサイン JOZZ8AK-FM
周波数/送信出力 77.3MHz/20W
所在地 〒731-5124
広島県広島市佐伯区皆賀4-19-6 ミスズガーデン内
設立日 2003年11月7日
開局日 2004年4月18日
演奏所 所在地と同じ
送信所 広島市佐伯区倉重町
中継局 なし
可聴範囲 広島市佐伯区全域 (旧佐伯郡湯来町域を除く) 広島市西区・江田島市・廿日市市の各一部
公式サイト

3.FMレイクトピア
FMレイクトピア(えふえむ・れいくとぴあ)は、2000年3月に発生した有珠山 の噴火に伴い、有珠山周辺の市町村に向けた行政情報を提供する目的で2000年5月7日から2001年3月31日までの約11ヶ月間に渡って放送を行った、北海道虻田町(現・洞爺湖町)による臨時災害FM放送局である。 

周波数 76.1MHZ
出力 100W
呼出符号 JOYZ1M-FM
呼出名称 あぶたちょうさいがいFMほうそう
放送時間 毎日12:00~19:00
サービスエリア(市町村名は当時のもの) 虻田町、伊達市、壮瞥町、豊浦町、洞爺村
番組の内容 虻田町のボランティアが中心となって、自治体からの最新情報を中心に編成していた。
当初放送免許は2001年5月6日までの1年間の割り当てとなっていたが、行政情報無線などの情報の確立から予定を切り上げて同年3月31日を最後として放送終了となった。 

4.FMこんぴら
FMこんぴら(えふえむこんぴら)は、1996年末に試験放送を開始し、香川県琴平町をサービスエリアとして1997年2月3日に開局するも、1998年11月30日に廃止されたコミュニティFMラジオ放送局である。

ミュージックバードと西日本放送から番組配給をしており、琴平町、満濃町(現、まんのう町)をはじめとした仲多度郡を主要なサービスエリアとしていたが、不況の影響から地元企業のスポンサー収入が思うように集まらず苦戦し、1998年11月に開かれた臨時の株主総会で運営会社の解散を決議。同年11月30日の放送を最後に運用廃止となった。

コミュニティFM放送局が廃止された事例全国でも初であり、また極東放送など移行や合併に伴うケースを除けば、日本の地上波放送が廃止された初のケースでもある。

FMこんぴらの放送局概要
愛称 FM こんぴら
コールサイン JOZZ9AE-FM
周波数/送信出力 76.3MHz/10W
所在地 〒766-0004
香川県仲多度郡琴平町榎井856-1 JR琴平駅前長岡ビル
設立日 1996年8月15日
開局日 1997年2月3日
演奏所 同上
送信所 本社と同じ
中継局 なし
可聴範囲 琴平町、満濃町の各一部地域
公式サイト

5.仙台市民放送
仙台市民放送(せんだいしみんほうそう)は、かつて宮城県仙台市宮城野区にて放送していたコミュニティ放送局である。愛称は、情報の「じょ」と電波の「ぱ」を組み合わせた造語で、「FMじょんぱ」。野球中継をするにあたり愛称命名権(ネーミングライツ)を売りに出していた。

開局時1100万円の資本金で立ち上げたこともありその運営に関しては苦難を極めたが多くの支援者のサポートによりおよそ7年運営をおこなった。収支に関しては収入は1000万円程度であったが支出も相当あった。黒字であった年もあったが金銭的余裕はなかった。2005年ごろから送信所、演奏所の移転問題がおこったり、2006年に創業者が退任(現在は復帰し閉局処理を行う)したり、その後継の問題がうまくいかず運営が出来なくなった。
2007年1月19日、かねてから課題とされていた送信所、演奏所の移転費用の捻出困難、放送体制の維持困難を理由に東北総合通信局に運用休止届を提出し受理された。その後放送再開を目指して資金援助先や買収先を探し数社と交渉したがまとまらず2007年3月13日、放送局の廃止届が東北総合通信局に受理された。

創業者は「多くの方々にご支援いただいたのにこのような形で終了させてしまい本当に申し訳ありません。地域活性化を旗印にがんばりましたががんばりきれませんでした。じょんぱに関係した多くの方々にこの場をお借りして御礼を言わせてください。ありがとうございました。」と記者会見で述べた。コミュニティ放送の運営の難しさがでていた。 

仙台市民放送の放送局概要
愛称 FMじょんぱ
コールサイン JOZZ2AO-FM
周波数/送信出力 78.8MHz/20W
所在地 〒983-0841
宮城県仙台市宮城野区原町3-1-8 原町プラザ2F
設立日 1999年7月
開局日 1999年9月25日
演奏所 本社と同じ
送信所 仙台市宮城野区榴岡4-2-1
仙台MTビル
中継局 なし
可聴範囲 宮城野区を中心とした周辺市町 (約30万人)
公式サイト

6.高松シティエフエム

高松シティエフエム(たかまつ ‐ )は香川県高松市にかつて存在したコミュニティFMラジオ放送局である。愛称「FM MARINO(マリノ)」。
1997年1月25日開局。自主製作番組のほか、J-WAVE(旧・FMジャパン)の番組も配信していた。しかし、同じ高松市を主要なサービスエリアとしているエフエム高松コミュニティ放送(FM815)と競合することから経営的に不利だった面も多かったため、2005年3月31日24時(4月1日0時)の放送を最後にFM高松に吸収合併される形で放送を終了した。 瀬戸内海放送との結びつきが強かった。

高松シティエフエムの放送局概要
愛称 FM MARINO
コールサイン JOZZ9AF-FM
周波数/送信出力 78.0MHz/20W
所在地 〒760-8577
香川県高松市一丁目11番22号天神前1−28
メディアステーションビル5階
設立日 1996年11月13日
開局日 1997年1月25日
演奏所 同上
送信所 高松市西宝町2丁目888-3(石清尾山)
中継局 なし
可聴範囲 高松市、三木町、さぬき市志度町・綾川町、小豆島の各一部地域
公式サイト http://www.fm815.com/ 

7.エフエムたまな
エフエムたまな
は、熊本県玉名市で放送を行っていたコミュニティ放送局。熊本県内ではFM791、かっぱFMに続き3番目に開局した。2006年4月30日24時をもって閉局・停波した。 

エフエムたまなは、玉名市内の有力企業である浦島海苔が設立50周年記念事業として同市内におけるコミュニティ放送を計画し誕生したものである。このような経緯から、局舎は浦島海苔の敷地内に置かれ、資本も浦島海苔グループを筆頭に玉名市内の企業、金融機関等が出資していた(熊本県内のコミュニティ放送局では唯一の純民間資本であり、また他マスコミからの出資も受けていなかった)。代表取締役も浦島海苔の役員が兼任していた。

他都市と同様に、エフエムたまなでも自治体広報番組の放送により収入を得ることを計画していたが、当時浦島海苔の社長が玉名市長であったこと、さらには玉名市が人口規模のはるかに大きい熊本市よりも多くの広報費を予定していたことなどから「広報費の私物化である」との批判があがり問題となった(マスコミ資本がなかったことから批判にさらされやすかったものとも考えられる)。この問題により、浦島海苔出身の代表取締役は辞任し、のちに行われた玉名市長選挙にも大きな影響を与えた。

このような中、都市規模が小さいために収入面では苦戦しながらも地元密着型の放送局として支持を得てきた。しかし慢性的な赤字体質が改善できなかったこと、財政再建のため玉名市からの広報費が落ち込んだこと、さらには母体である浦島海苔が2004年に民事再生法の適用を申請したなどことから経営続行を断念し、惜しまれながらも2006年4月30日をもって閉局した。 

エフエムたまなの放送局概要
愛称 ほっとラジオ
コールサイン JOZZ0AG-FM
周波数/送信出力 76.4MHz/20W
所在地 〒865-0031
熊本県玉名市田崎832
設立日 平成9年7月1日
開局日 平成10年2月22日
演奏所 所在地と同じ
送信所 玉名市田崎832
中継局 なし
可聴範囲 玉名市を中心に2市7町
公式サイト http://www.sysken.or.jp/fmtamana

8.FMニセコ放送

FMニセコ放送株式会社(エフエムニセコほうそう、FM NISEKO Broadcasting)は北海道後志支庁管内、虻田郡倶知安町にあったコミュニティ放送局。愛称はFMニセコ。2007年9月16日に行われた同社の株主総会において会社解散を決議し、同月22日をもって放送を終了した。倶知安町駅前通りにあった演奏所(スタジオ)も撤収済みである。

北海道では初めての「町」を放送対象地域とするコミュニティ放送局であり、コールサインはJOZZ1AW-FM、呼出名称は「くっちゃんエフエムニセコ」、周波数は83.5MHz、出力20W (ERP37W) で樺山からで送信していた。自社番組の時間帯以外は東京都の放送局のJ-WAVEの再送信を行っており、24時間放送を実施していた。また、マスコットキャラクターとして「ラジーモ」を採用していた。

FMニセコ放送の放送局概要
愛称 FMニセコ
コールサイン JOZZ1AW-FM
周波数/送信出力 83.5MHz/20W
所在地 〒044-0051
北海道虻田郡倶知安町北1条西1丁目
設立日 2006年8月
開局日 2006年12月18日
演奏所 所在地と同じ
送信所 北海道虻田郡倶知安町樺山
中継局 なし
可聴範囲 倶知安町のうち98%(約6,800世帯) および羊蹄山周辺地域(喜茂別町を除く)[1]
公式サイト http://fmniseko835.web.fc2.com/

9.宮崎シティエフエム
宮崎シティエフエム
は、宮崎県宮崎市にかつて存在したコミュニティFM放送局で、ステーションネームは「City FM 77(シティエフエムななじゅうなな)」。宮崎アーバンホテル、GAKUONユニティフェイス、地球クラブら宮崎市内の企業が出資して、宮崎アーバンホテル代表取締役である佐藤挙男氏が社長を勤めていた。

宮崎市内のほぼ中心部にある宮崎アーバンホテルの屋上に送信アンテナを掲げ、全方位に電波を飛ばしていた。
2005年9月30日宮崎日日新聞社によって、次回放送免許の更新断念が報道され、同年10月31日をもって放送を終了した。原因は、経営状況の悪化と突然死去した代表者の後任が決まらず、会社として存続出来ない状態にあったことが挙げられている。放送免許の更新にはこれまでの実績や今後5年間の事業計画などの提出義務があり、申請期限である同年7月末までにそれを準備するだけの余力もなかったのが実情のようだ。 
(情報は、Wikipediaより)

こうして見ると、色々な事情があって、やむなく廃局という形で運営の厳しさを感じるものさえあります。
開局当時は華々しい姿で有っただろう・・・・・。 そして地元の方も期待していただろう・・・・。
勿論、コミュニティFMファンのBCL'erも待ちこがれていたことでしょう・・・。
四国では3局目です。あとのコミュニティ局にはぜひとも頑張ってほしいし、楽しい放送を続けてほしいとただ願うだけです。コミュニティ局ならではの番組も一杯あるので・・・・。四国へ行ったら絶対に聞きたいですね。

話は、変わっていよいよGoldenWeak突入ですね・・。
皆さんの所のお休み具合は如何ですか?おやじの所は暦通り。でも後半は④連休ですよね。
ラジオ持って何処かへ行ってみた~い。

明日は日曜日で仕事も休みだ。
溜まっていた物の片づけ仕事が残っていま~す。

FC2ブログランキングに参加中です。
良かったらポチッと一押して上に押し上げて下さい。宜しくお願いします。 
421
156 
Yahoo!ボットチェッカー Googleボットチェッカー MSNボットチェッカー スカウター : らぢおdeらじお  Powered by RSSリスティング






 

スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://kunys7388.blog70.fc2.com/tb.php/400-837e5b48
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。